0(ゼロ)の歴史 – ”0”は誰が発明したのか?

2018年6月13日

この記事ではこんなことを紹介しています

私達が普段に使っている数字の0(ゼロ)は、昔の人々にとっては想像すらできない数字でした。

0(何もない)という数字の概念は、数学の歴史の中では比較的新しいものなのです。

ここでは、”0″は誰が考え出したのか?どのようにして世界に広まっていったのか?

0(ゼロ)についての面白い歴史を紹介します。

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0(ゼロ)は誰が発見したのか?

0(ゼロ)という数字は、今では誰もが抵抗無く使えるほど世界で共通の概念となっています。

0(ゼロ)とは”何もないこと”を意味します。

何もないことを表現するということは、よく考えると不思議なことをしているような感じがしますが、小学生にもなれば、当たり前のように算数で使っています。

 

0(ゼロ)という概念は、数学の歴史の中では比較的新しいものなのです。

その概念がはっきりと定まったのは、5世紀のインド数学でだと言われています。

数学の歴史は紀元前2500年(今から約4500年前)以上前から存在しますので、数学という学問が生まれて2000年以上も0(ゼロ)という概念はなかったことになります。

 

今では、数学に0(ゼロ)は欠かせないものになっており、それのおかげで複雑な方程式が解けるようになったり、コンピュータなどが誕生しました。

ZerOrigIndia財団のPeter Gobets氏は次のように述べています。

「0(ゼロ)は人類の歴史の中で最も革新的な発見の一つです。現代数学と物理学の基礎であり、様々な分野の発展に貢献した概念です。」

ZerOrigIndia財団は、オランダに本拠を置き、0(ゼロ)の起源について研究(ゼロプロジェクト)しています。

 

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始めの0(ゼロ)の歴史

”ゼロプロジェクト”の調査コーディネーターであるAnnette van der Hoek博士は、”プレースホルダとしての0(ゼロ)”は世界中で発展したそれぞれの文明で独自に発明されたと述べています。

”プレースホルダーとしての0(ゼロ)”とは、0という数字単体ではなく、例えば、

$$102$$

のように、数字の中に挟まれたような0の使い方です。

 

バビロニア人は様々なシステムを開発したシュメール人から”数を数える”というシステムを学びました。

4,000年前から5,000年前に開発されたシュメール人の数を数えるためのシステムは、記号を使って数を表現するものであり、記号と記号の位置関係によってより大きな数字を表します。

現在の数字と同じですね。

 

「何もない:ゼロの自然史」の著者であるRobert Kaplan氏は、プレースホルダとしての0(ゼロ)の先祖が、空の数の桁を埋めるために斜めの二重の楔形記号が使われた可能性があることを公表しました。

※ただし、この記号がプレースホルダとしての0を表しているかどうかは賛否両論あるようです。「ゼロ:危険なアイディアの伝記」の著者であるチャールズ・セイフは、二重の楔形記号がプレースホルダを表しているとは言えないといっています。

 

シュメール人の数の表現方法は、アブカ民族帝国を経てバビロニア人に渡りました。

そこには、明らかにプレースホルダーとしての0(ゼロ)が使われていました。

当初、バビロニア人は楔形の数字の表現で、0の場所には空白を残してそれを表していました。

しかし、空白というのは人によって空け方がまちまちで混乱します。

そこで、空の桁を表すために二重の楔形の記号を使ったのです。

 

しかし、彼らはプレースホルダーとしての0(ゼロ)を発展させましたが、純粋に何もないことを示す数字の0(ゼロ)という考え方はしませんでした。

 

メソアメリカ文明のゼロ

600年後、バビロンから12,000マイル離れたメソアメリカ文明のマヤ族もまた、紀元前350年頃のプレースホルダーとしての0(ゼロ)を仕様しています。

それは、彼らの正確なカレンダーシステムでプレースホルダーを示すために使用しました。

マヤ文明は、非常に正確なカレンダーを作れるほど熟練した数学者を有したことで有名です。

これほど高度な数学の知識を持っていたマヤ人達でさえも方程式で0(ゼロ)使うことは決して使ありませんでした。

 

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インドでついに0(ゼロ)が数字になった

一部の学者は、数字の0はバビロニア人が生み出し、それをインドへ伝えたと主張していますが、ゼロプロジェクトのメンバーも含めて、多くの歴史学者はインド文明が始めに0(ゼロ)を発明したと信じています。

「古代インドでは、数学的なゼロがそこで発明されたと考えられる数多くの”文化的な証拠”が見られる」とGobets教授は語ります。

 

ゼロプロジェクトは、同時期に発展した哲学の空虚(物のなかみ、または物事の内容をなす価値、あるいは心のより所が、何もないこと)から、数学的な0(ゼロ)が生じた可能性があると推測しています。

インドで発展した哲学が数学の0(ゼロ)という概念を生み出すのに重要な役割を果たしたのです。

このように考えれば、なぜ他の文明で長い間、0(ゼロ)という概念が生まれなかったのかが説明できます。

 

始めに0(ゼロ)の概念とその扱いを厳密に定義したのは、インドのヒンズー教徒で天文学者と数学者でもあるブラーマグプタという人物です。

彼は0(ゼロ)を表現するための記号を考え出しています。これが628年のことでした。

しかし、彼は公に0(ゼロ)を発見したことを公表せず、しばらくの間その概念は広まることはありませんでした。

 

また、インドのグワリオールにある寺院の碑文は0(ゼロ)が記録された最も古い例とされています。

これは、オクスフォード大学の研究によれば、この碑文は9世紀に書かれたものであるということです。

 

0(ゼロ)が登場するもう一つの例は、バクシャーリー写本と呼ばれる古代インド(現在のパキスタン)の文献です。

その文献は研究者たち1881年にある畑で発見され、9世紀に起源があると推定しました。

しかし、最近の炭素年代測定で、おそらく3年または4世紀に書かれたことが明らかにとなり世界最古の0(ゼロ)が記録されている文献となりました。

 

オックスフォード大学の数学教授であるMarcus氏は、

「ゼロの概念は今や世界中で使用されており、パソコンなのどのデジタル世界の重要な鍵となる要素です。プレースホルダーとしての0(ゼロ)から進化したバクシャーリー写本で見つかった数字としての0(ゼロ)は、数学の歴史上で最大のブレークスルーの1つと考えます。」

「インドの数学者たちは、後に現代世界にとって基礎となるアイディアの種を植え付けたのは3世紀初期のことでした。 この知見は、何世紀にもわたってインド亜大陸では活発な数学の研究が行われてきたかを示しています。」

と語ります。

 

0(ゼロ)が世界に広まる

インド文明ではじめに0(ゼロ)の概念が生まれると、後の数世紀に渡って、中国や中東でも0(ゼロ)の概念が定着しはじめました。

773年に、0(ゼロ)はバグダッドに達し、インド文明の0(ゼロ)の表現をマネた記号で0がアラビア数字に加えられました。

 

0(ゼロ)はスペインのムーア人の征服によってヨーロッパに進出し、イタリアの数学者フィボナッチによってさらに発展しました。

しかし、ヨーロッパの中世の宗教指導者は0(ゼロ)の使用を支持していませんでした。

イタリアではアラビア数字を疑い、法律でゼロの使用を禁止しています。

しかし、商人は0(ゼロ)が非常に便利であることを知っていたため、不法であっても秘密裏に使用し続けました。

それゆえ、アラビア文字の「sifr」は数値を意味するだけでなく「コード」を意味する「暗号」という言葉にもなりました。

 

その後、1600年代までに、ゼロはヨーロッパ全体でかなり広く使われるようになってきました。

特にヨーロッパ数学で0(ゼロ)に貢献したのは、万有引力でおなじみのアイザック・ニュートンとゴットフリート・ライプニッツです。

彼らは、デカルト座標系や微分・積分の基礎を作り上げた人物です。

特に、ゼロの概念を使って物理学、工学、コンピュータ、そして経済数学の理論の道を開く微積分の発明は数学の歴史上、もっとも偉大な成果の一つでしょう。

 

数学の分野だけに限らず、ゼロ(空虚)の概念は、現代物理学の中心にもなっています。

スティーブン・ホーキング博士によれば、宇宙全体は他者の間で「ゼロサムゲーム(すべてのものを足すと0となる現象)」とみなされるといういいます。

 

このように、インド文明から世界各地に広まった数字と0(ゼロ)の概念は、様々な形で様々な分野で大活躍しているのです。

ゴベッツ氏は、

「こんなに平凡に思える発見が、世界中のすべての人々の生活に驚くべき役割を果たしている例は他にない」

と語っています。

まさに、その通りですね。

 

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まとめ

  • 一つの数字としての0(ゼロ)が発見されたのは、5世紀ごろのインド文明
  • その前からプレースホルダとしての0(ゼロ)は使われていた
  • ゼロは数学の歴史を考えると、比較的新しい概念である
  • 現代の人々の生活はゼロがあるからこそのものがたくさんある

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